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小美玉市四季文化館みの〜れ/四季文化館企画実行委員会/みの〜れパートナーズ
茨城県小美玉市四季文化館みの〜れ| 2026年9月15日
#住民アーツカウンシル#住民参画#住民自治#官民共創#対話

「誰を呼ぶか」より「誰が、どう決めるか」――文化ホールをデモクラシーの学校に変えた「みの〜れ」

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イチオシポイント

みの〜れの革新は、住民がイベントを手伝ったことでも、行政から住民へ作業を移したことでもありません。「行政が決め、住民が参加する」という決定構造を、「住民と行政が、決めるべき問い・決め方・決定をともにつくる」構造へ変えたことです。自治は、自分たちのことを自分たちで決め、実行する力。デモクラシーは、異なる立場の人がその決定過程に入り、情報と理由を対話し、納得できる決め方をつくり、決定をともに引き受ける仕組みです。みの〜れは、自治の主体と民主的なプロセスを同時に育てました。 その核心が、2022年度に強化した住民アーツカウンシルです。限られた公費の優先順位を、行政内部だけで決めず、住民による提案、公開された9項目、質疑、採点、現場調査、再評価を通じて形成する。評価を庁内の3か年実施計画へ接続し、無配分となった住民も別の資源を集めて実行する。この循環は、単なる事業審査ではなく、住民が理由を示し合い、互いの活動を理解し、公共資源の使途を考える「日常のデモクラシー」です。 波及は理念にとどまりません。全国ヨーグルトサミットから生まれた映像は全国広報コンクール映像部門特選・総務大臣賞、「ダイヤモンドシティ小美玉」は全国シティセールスデザインコンテスト2019大賞、市の取り組みはシティプロモーションアワード金賞へ結実しました。シティプロモーションアワードの選評も、青年団から続く「対話の文化」をシティプロモーションへ発展させ、地域の担い手と市民の推奨・参加・感謝応援の意欲を増やした点を評価しています(参考URL3)。文化芸術基本法第2条第10項が求める観光、まちづくり、福祉、教育、産業等への波及を、事業の転用ではなく「民主主義を担う人」の波及によって体現しています。 アピオス、地方創生、ヨーグルトサミットへの人材波及と数値は、中本正樹が2019年に発表した研究ノートに基づきます(参考URL1)。中本は元小美玉市職員で、現在は早稲田大学デモクラシー創造研究所招聘研究員であり、本稿の資料整理・原稿作成にも協力しました。同論文は、独立した第三者評価ではなく、実務当事者による継続的な追跡記録として引用しています。また、2022年度の制度再設計には、中本正樹・原田啓司が住民リーダーとともに関与しました。現在の制度内容は、みの〜れ公式ページの実施要領でも確認できます(参考URL2)。 2026年は構想開始から30年。青年団から役割を引き継ぎ、公募、権限共有、交代、対話、評価、卒業という仕組みで、地域の担い手を世代と分野を越えて育て続けてきました。そして20歳の節目には、形骸化しかけた制度を住民と行政が自ら磨き直しました。民主主義を選挙や会議室だけに置かず、文化活動を入口に「誰が、どう決めるか」を日常で練習できるものにした――みの〜れは、文化ホールを「デモクラシーの学校」へ変えた実践です。 関連資料・書籍 みの~れ20歳記念動画https://youtu.be/h6Xf9qt5_7w?si=wIERBxnWJ3QL2Pl1 みの~れライフのすすめ(19年間続く、市民記者による月イチコラム 間もなく230人)https://minole.city.omitama.lg.jp/0468/info-0000002600-6.html みの〜れ20歳記念誌(2022年 小美玉市) 文化がみの〜れ物語:文化がみの~れ物語制作委員会(2002) 茨城新聞社 まちづくり編集会議―住民主導の文化センターにつどう人たちの物語:文化がみの~れ物語制作委員会(2012) 日本地域社会研究所

どんな課題にアプローチしましたか?

多くの文化ホールでは、行政が公演内容・日程・予算・出演者を決め、住民は決定後に知らされて、「観客」「利用者」または運営協力者として参加します。住民参加はあっても、「何を課題とし、誰が、どのように決めるか」という企画・意思決定の過程は行政内部に残る――それが業界の「当たり前」でした。 自治が自分たちで決めて実行することだとすれば、デモクラシーは、立場の異なる人が課題設定から入り、情報と理由を対話し、決め方をつくり、決定を引き受けていくプロセスです。人口減少と担い手不足が進む地域に必要なのはイベント集客だけでなく、このプロセスを日常で経験し、次の行動を担う力でした。 美野里町(現・小美玉市)では、多くの自治体で見られたように高度経済成長期に都市部からの流入人口により旧住民と新住民の対立が表面化しました。そこで当時の青年団(18~22歳)が「対話の文化」を掲げ、対立を対話で乗り越えようとしました。覚醒した青年団は昭和40〜50年代に隆盛し、150人を超える多種多様な職種の団員たちが会議し、企画し、やり遂げる実践を通して地域リーダーを育て、その後あらゆる分野の要職を青年団出身者たちが務めて牽引してきました。しかし、時代の変化とともに2000年頃に青年団は縮小・休止。一方、同じ時期に新文化ホールの建設をめぐって住民の賛否が分かれていました。 そこで、かつて青年団のカリスマ団長だった町長が、「どんな施設を建てるか」から「誰が、どのような過程で地域の未来を決め、担うのか」へ転換。みの〜れを「ポスト青年団」と位置づけ、文化ホールづくりそのものを住民と行政の共創による「まちづくりの実験場」にしました。開館後20年を経るなかで、町村合併による「みの~れ方式」への合併先からのハレーションや、企画実行委員会の審査・改善機能の形骸化も生じるなど、まさにみの~れの音引き「~」に象徴されるように「山あり谷あり」の日々でした。2022年度、みの~れ20歳(みの~れは一人の住民として「1歳、2歳・・・」と数え、育んできた)を機に、意思決定の仕組み自体を再設計しました。

どのような新たな価値を創造しましたか?

みの〜れが変えたのは、参加の量だけでなく、公共施設の「決め方」です。行政が案をつくり、住民に意見を聞いて実行を手伝ってもらうのではありません。住民が課題設定から入り、情報共有→企画→熟議→決定→実行→評価の過程を主体的に動かします。住民を「消費する観客」から「情報と理由を対話し、判断し、決定と結果を引き受ける主体」へ、行政を「サービスの提供者」から「情報・権限・責任を分かち合う伴走者」へ変えました。公募住民10人による四季文化館企画実行委員会は、生活者の視点から自主事業を審査・決定し、活動のフォローと評価も担う住民アーツカウンシルです。 2022年4月、みの~れ20歳イヤーを機に住民リーダーと館職員が協議し、形骸化しつつあった住民主体の「決め方」を大胆に改善。1か月で制度を再設計し、同年7月に「企画提案プレゼンテーション」を始めました。館直属の住民プロジェクト14チーム(現在17チーム)に限らず一般公募も行い、各提案者は当年度事業を実施する前から次年度を構想します。現在は①新規人材②地域性③館のミッション④横断性⑤情報発信⑥経済効果⑦実施体制⑧事業コスト⑨館全体への貢献という9項目について、住民がプレゼンし、企画実行委員(公募住民10名)が質疑・採点します(参考URL2)。 プレゼンでは、目的や企画内容のほか、会費、チケット・参加費、広告、寄付、助成金など自ら得る収入をすべて見込み、それでも不足する額を提案します。黒字・赤字時の扱いまで示し、予算総額の範囲で評価上位から配分するため、下位の2提案程度は無配分となる年もあります。第一次評価後は、企画実行委員が約2か月かけて担当チームの会議や活動を訪ね、プレゼンだけでは見えない魅力と懸念を委員会で共有して第二次評価を実施。最終順位を庁内の予算要求に反映し、市議会の予算議決を経て確定します。 その結果、これまでは「いかに長くそのチームで活動していたか」「年長者の意見を尊重」など、地域活動によくある形骸化が徐々に見られるようになってきていましたが、この制度改革によって、「資料づくりが得意な人」や「企業協賛を開拓するのが得意な人」が現れはじめ、チーム内のパワーバランスに変化が見られるようになりました。 また、「毎年上位となる活動は何が違うか」と他チームの活動や会議を視察するチームが現れたり、「自分たちは何のために活動するのか」を各チームが言語化し、先の未来から今の活動を捉えるようになりました。福祉・教育など他分野との連携や、メンバーが館外で担う役割にも関心が広がり、プロジェクト内部の会議と対話の質が変わりました。人材育成と組織学習の仕組みに変わったのです。 この「対話し、決め、動く人」はみの~れの外へも波及しています。町村合併先の小川文化センターアピオスは、みの~れイズムを注入後、大ホール稼働率を14.7%から3年後に78.0%へ改善。2015年にはみの〜れ出身職員5人が庁内若手職員28人を率いて地方創生総合戦略を策定。町村合併当初、インターネット上で「妥協の産物」と揶揄された旧町村の頭文字を取った市名を、「小さく美しい玉(宝石)」と意味づけし、一人ひとりの可能性や地域資源を「見つける。みがく。光をあてる。ダイヤモンドシティ小美玉」としてブランディングしました。2018年の第1回全国ヨーグルトサミットin小美玉では、多業種の青年層49人を「研究交流、健康、観光、ヨーグルトミュージカル、広報」などミッションを持った8チームに編成し、3万9千人を集めました。この8チームの中核を担ったのが、みの~れ出身職員とみの~れで対話の文化を体得した住民リーダーたちでした(参考URL1)。さらに、福祉、教育、観光、自治会等へ住民を輩出し、文化の現場で育った担い手が各分野の意思決定を支えています。

どんな工夫をしましたか?

第一は、1996年の初期段階から、反対意見を「排除すべき障害」ではなく、決定の質を高める声として扱ったことです。未確定の情報も住民委員が手づくりの広報紙で全戸に伝え、文化シンポジウムや小学校区別意見交換会を重ねました。多数決で一致を急がず、小中学生作文1,250点も議論に取り込み、次世代に何を残すかという公共的な問いへ焦点を移しました。 第二は、「実行への参加」ではなく「決定への参画」を制度化したことです。2022年度の改革では、評価基準、提案資料、予算書、質疑、採点方法を公開。行政だけで議題と結論を用意せず、提案する住民が活動の社会的意味と必要経費を説明し、別の住民が9項目から理由をもって判断します。公費をどの活動にどれだけ配分するかの優先順位形成に、住民の意思を組み込みました。 第三は、プレゼン一発の人気投票にしなかったことです。第一次評価と約2か月の現場調査、第二次評価を組み合わせ、企画実行委員は「審査する人」であると同時に、会議へ入り、活動を観察し、助言・マッチングを行う「伴走する人」にもなります。提案者も評価者も、対話と観察を通じて当初の理解を更新できる、熟議型の仕組みです。 第四は、対話を善意や名人芸に任せず、作法にしたことです。「知恵も汗も出し惜しみしない」「人の話を傾聴する」「決め方を全員で決める」「決めたことは全員で守る」を共有し、関与を「参加→参画→主体」の段階で設計しました。まず小さく関わり、次は行政とゼロから企画し、経験を積んだ人は自立して担う。政策や事業の受け手が、意思形成の担い手へ育つ循環です。 第五は、決める人と仕組みを固定しないことです。企画実行委員は任期2年・半数交代とし、住民側に経験を蓄積しながら、新たな住民と職員が学ぶ回路を保ちます。長期継続による形骸化を認め、住民と職員がわずか1か月で制度を改めた2022年度の改革自体が、青年団から受け継いだ「決め方を自分たちで磨き直す」デモクラシーの実践です。

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